読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「たたり」と「放射線」

野村芳太郎監督の映画「八つ墓村」を見た。


映画『八つ墓村』 予告篇/本予告 - YouTube

おもしろかったので、また機会があれば感想をブログに書いてみようと思うのだが、それはひとまずおいておいて。

この映画には一世を風靡した(らしい)名台詞「たたりじゃあ〜」っていうのが出てくるので有名だ。

物語の中で、都会育ちの主人公が八つ墓村に来てから、彼の周囲に殺人事件が頻発するので、村人たちはこれを「八つ墓明神のたたり」だと信じて、彼を迫害しようとするのだ。

今の世の中「たたり」なんていう言葉自体聞くこともほとんどなくなってしまったのだけれど、そうかといって、人間そのものは昔も今もそんなにかわらないだろうから、昔の人のみんながみんなたたりを信じていたわけではないだろうし、同様に現代人が全員昔の人と比べて合理的になっているはずもない。

だから昔なら「たたり」を信じていたようなタイプの人は、今は「たたり」が時代に合わせて形を変えた別のなにかを信じているのだろう。

そこで例の「美味しんぼ」の話だ。

もうこれ以上にないぐらいわかりやすくデタラメな内容(ちょっとネットを調べればどうデタラメなのか解説しているところはいくらでもある)なのに、それでも一定数の人はこれが真実だといまだに信じている。

そこで放射線放射能こそが現代の「たたり」みたいなものだと考えてみるとどうだろうか。

そう考えるといろいろ納得できるのだ。

「鼻血が出た! 放射線の影響だ!」

こう聞くと、中途半端に科学っぽいので、ちゃんと論理的、科学的に説明、否定すれば相手はわかってくれるのではないかという淡い期待を抱きそうになるが、それは大きな勘違いであって、彼らにとっての「放射線」というのは「たたり」ぐらいの意味合いでしかないのではないだろうか。

だから彼らが言っていることは、

「鼻血が出た! たたりじゃあ〜!」

このぐらいの意味合いしかないと考えれば、何を言っても無駄なのもわかるし、こういう人が一定数必ず存在するのは仕方ないことだと納得するのが、精神衛生上よろしいんではないだろうか。

そんなこと言っても、なんの解決にもならないかもしれないけれど、あまりにも不毛で。

つまりはそういうことだ。