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松尾 豊 「人工知能は人間を超えるか」(角川EPUB選書)を読んだ

 

人工知能は人間を超えるか (角川EPUB選書)
 

  人工知能(AI)って言葉自体、ずいぶん昔からあって、数年おきぐらいにブームになったりしてきたのだけれど、その実、蓋を開けてみれば、どうってことのないこけおどしみたいなものばかりだった(ファミコンドラクエ4ですら、当時AI搭載をうたっていたし、そのAIのお粗末さたるやw)ので、永らく興味が持てなかったのだが、去年、囲碁でコンピューターがプロに勝ったあたりから、ひょっとして潮目が変ったのかな?とちょっと知りたくなり、入門書として評判の良いこの本を手にとってみた。

 

 確かにこれは良かった。

 なにが良いって、AIに関して、昔からあったものと比べてどう違うのか?といった点も含め、機械学習とは?ディープラーニング機械学習はどう違うのか?など、こちらの知りたいところ、疑問点などを、くどくなりすぎない程度に過不足なく書いている。

 そして、人工知能本でありがちな「人工知能が発達した未来、社会はどうなる」的などのくらい先の話なのか、本当にそうなるのか、はっきりしない与太話は、最低限しかしていない。

 その塩梅が(私には)ちょうどよかった。

 

 この本は2015年出版で、本書に「囲碁人工知能が人間に追いつくにはまだしばらく時間がかかりそうだ」という記述がある。

 しかし、この本でそのように書かれたわずか1年後、囲碁の世界では、コンピューターがトッププロに勝ってしまった。

 この分野が今、いかにすごいスピードで進んでいるのかということだろう。

 

 その他、予想外で、おもしろかったのは、人工知能について考える際、人間の思考の仕組みについて根本から考える必要があるということで、話がだんだん脳科学のようになってくるところ。

 

 例えば「学習する」という言葉。なにをもって「学習した」といえるのか。

 「記憶」できれば?「理解」できれば?他者に「説明」できれば?いろいろ考え方はあるだろうが、本書では「分ける」ことができれば、「学習した」ことになるのだという。

 

 そもそも学習とは何か。どうなれば学習したといえるのか。学習の根幹をなすのは「分ける」という処理である。ある事象について判断する。それが何かを認識する。うまく「分ける」ことができれば、ものごとを理解することもできるし、判断して行動することもできる。「分ける」作業は、すなわち「イエスかノーで答える問題」である。

 

 なるほどなあ。

 確かに「学習」という漠然とした言葉を「分ける」という処理に落とし込めば、機械にもできそうな気がする。

 ここが個人的には一番目からウロコでおもしろかった。

 

 技術的な難しい話は必要最低限しかでてこないので、別に人工知能について勉強するつもりはないけれど、人工知能が今どんなことになっているのか知りたい人の入門書として、オススメ。